VT to the origin(exてくのFK)

200904 EODの皆様(4)海中より

さきほど『別館』へ19枚の大作を投稿しました.今夜は35枚画像を用意していたので,続けて投稿しようと思いましたが,少し時間を置きましょう.先に『てくの』投稿です.
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2009年4月15日(水)『YOKOSUKA軍港めぐり』にて 海上自衛隊さん「掃海隊群司令部水中処分班」の皆様

前回の投稿した場面の直後です.掃海母艦「うらが」さんの側面に水中処分班のお二方.新米見学者は,だいたいにおいて判らない事だらけではありますが,この時は,お二方は「待っている」のでは?と思い,ほぼ同じ目線であるよう2Fデッキから降りました.『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea Friend V号さんの船尾から,新米見学者も待ちました.すると…やはりそうでした.お姿が観えました.海中にて何か「採取」されたのでしょうか.これまで,何度も追い付けなかった,この瞬間.ようやく,間近で見学する事が出来ました.

この日は,まさに素晴らしい快晴で,海も真っ蒼に写っていますが,実際には前日に大雨が降りましたので,海水は濁っていました.どこか遠い南の島の底まで観える蒼い海ではありません.その中を潜られ,作業をなさっていたのですよね…何かを手渡していらっしゃるように観えますが,ただでさえ水の中で「何か探す」「掴む」と云うのは難しいです.しかも素手ではなく,グローブをしているのですから(勿論,高機能のグローブであるのは判りますが).海の中での視界はどれぐらいなのでしょう.陽の光もどのぐらい届いているのでしょう.判らない事ばかりではありますが,こうして見学出来る事によって,改めて「海の中」の事を考える新米見学者です.2Fデッキから降りて正解でした.可能な限り,同じ目線の高さで.
# by wissenbrristol | 2009-04-20 03:34 | EOD

200904 EODの皆様(3)掃海母艦「うらが」

とにかく投稿しましょう.4月に入ってから,かなりめまぐるしい日々ですが,浮き足立っていてはダメです.きちんと記録をまとめて,そして投稿しましょう.今夜の投稿は『てくの』からです.まさに『てくの』.
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2009年4月15日(水)『YOKOSUKA軍港めぐり』にて
海上自衛隊さん掃海母艦「うらが」さん,「掃海隊群司令部水中処分班」の皆様

こちら部分も「甲板」とお呼びするのでしょうか.幾度も『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船していますが,滅多に「開いている(降りている)」ところは見学出来ません.これまでで2度だったと思います.最初は,村山元総理大臣ご一行様がご見学に来られた際.2度目は,その数日後.その2度であったと思います.ほぼ真正面の地点ですね.水中処分班の皆様とお背中に「JMSDF CHIHAYA」とある御方がご一緒しています.呉にいらっしゃる潜水艦救難母艦「ちはや」さんですね.

細部に渡り,何がどうであるのかは新米見学者には判りません.でも,とても貴重な見学機会となりました.皆様がいらっしゃる部分は「甲板」とお呼びするのでしょうか.左側には処分艇さんが固定されていますね.「うらが」さんは,母艦・旗艦としても機能されるそうですし,機雷の敷設,掃海・輸送ヘリコプターの支援,物資をたくさん積めるので,パキスタンやトルコ被災民への国際緊急援助活動・国際平和協力活動をなさった事も.と,繰り返しノートに書いたり,入力したりして,しっかり覚えておかないとならない事がたくさんです.軽めの見学者として,「わーすごーい」で済ませても誰にも叱られないと思いますが,いいトシして,それはないだろう…です.昨年8月2日以降,横須賀にいらっしゃる水中処分員の皆様を学ぶと同時に,「国際貢献」「国際社会」「情勢」などにきちんと知っておく必要がある.「自分の毎日に関係ないもん」とか云える年齢でもない訳です.自分の周囲には社会人として存在している知人が多々おりますが,新聞も読まない,ニュースも見ないと云う人物が数人います.ところが,そう云う人物に限って,社会に対しての批判にご熱心.当然,価値観が違いますので,疎遠にはなっていますが,一応社会人として存在しています.首ねっこふん掴んで『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船させたいです.横須賀の港から「世界」へ.そして,日々訓練,ご活動されている皆様の姿をしかと見て学んで欲しいです.
# by wissenbrristol | 2009-04-17 21:41 | EOD

200904 EODの皆様(2)重量・運搬

4月1日から慌ただしい日々が続いておりましたが,桜満開から11日の「ひゅうが」さん一般公開が終了し,少し落ち着きそうな気がします.ゴールデンウィークの「混乱」まで,じっくり『YOKOSUKA軍港めぐり』見学,記録,投稿のペースを整えたいと思っています.では,今夜もここ『てくの』は水中処分班の皆様にて.
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2009年4月1日(水)『YOKOSUKA軍港めぐり』にて 海上自衛隊さん「掃海隊群司令部水中処分班」の皆様

前回の投稿に続き,「重量」の場面です.処分艇(ゴムボート)さんに運び込まれる「機材」(機材と云う表現は適当ではないと思いますが…).一体,どれほどの重量があるのでしょう.本当に重そうなのです.重量のあるものを運ぶのも大変ですし,何より処分艇さんは動かない地面にぺったりと「設置」されている訳ではないのです.海の上です.素人が何も考えずに運び込めば,ゴムボート(素人の場合は「処分艇」さんではありませんね)がひっくり返る事でしょう.日々繰り返されている,水中処分班の皆様にとっては「当たり前の日々の作業の一つ」であっても,見学者には,とても難しい事に思えます.よくよく考えると,自分は海水浴場やプールでさえ,「ゴムボート」に乗った経験さえないと思います.思い出せないと云うのではなく,乗った事がないと思います.昨年8月2日の横須賀地方総監部一般開放の際,「横須賀水中処分隊による処分艇(ゴムボート)体験試乗」も出来ていません.見学や勉強を続けて来ましたが,まだ「感覚が遠い」ですね.でも,いっぺんに近づく訳もないので(そんなファストフード的な体験は身に付かない),今は「見て学ぶ」見学を続けましょう.見学出来る機会に恵まれる事自体,特別なのですから.

各所に幾度も書いていますが,『YOKOSUKA軍港めぐり』が定期就航になっていなければ,見学出来る機会もなかったのです(それまでも年に幾度かの『YOKOSUKA軍港めぐり』は運行されていましたが).季節は春を通り越し,既に初夏を思わせる陽気にもなりました.これから『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船される方もますます増えるでしょう.いつも乗船していて思うのですが,見学の皆様は結構活発に「右左右左」しています.退屈そうにしている方はあまり見かけません.時折,皆様が一斉に一方向に移動して船が傾いたりもしますし,船内を点々と移動される方も少なくないです.乗船した方々は,とても熱心に見学している,といつも思います.水中処分員の皆様と直接関連のなさそうな事を書きましたが,ふと思ったので投稿しておきます.
# by wissenbrristol | 2009-04-13 02:14 | EOD

200904 横須賀水中処分隊の皆様(1)重量

現在,『YOKOSUKA軍港めぐり』にて,横須賀水中処分隊の皆様を見学出来る機会が続いております.2009年4月.年度改まり,(1)から投稿開始致します.現在,記録の中心は『YOKOSUKA軍港めぐり』となっています.改めて「横須賀にいらっしゃる水中処分員の皆様の現在」を追って投稿してゆきます.
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2009年4月1日(水)『YOKOSUKA軍港めぐり』にて 海上自衛隊さん「掃海隊群司令部水中処分班」の皆様

昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放へ行くまでは,2001年8月12日,当時の職場の上司に誘われ,米海軍さんの「フレンドシップディ」に行って以降,7年もの間,全く横須賀には行っていませんでした.2004年からは完全に「LIVE」撮影が中心となり,ほぼ閉鎖的な地下(ライブハウスと呼ばれる場所)でのみ動画を撮り続けました.楽しい事もたくさんありましたし,「勉強」にもなりましたが,昨年6月8日?(もう覚えていません)を最後にLIVE撮影は辞めました.その後,スチール撮影に戻り,花火大会などを撮っていましたが,ふと7年前上司と共に訪れた横須賀の事を思い出しました.「今年は独りで行ってみよう.あの時(2001年)は海上自衛隊さんの方へは行かれなかった」.そして,横須賀地方総監部さん入口で,真っ先に目に入ったのは,目眩がするほどの盛夏に漆黒のウェットスーツの方々と同じく漆黒のゴムボート.その段階で,全くの予備知識「0」.全くの「初心者」の目の前にいらしたのは…横須賀水中処分隊の皆様でした.

そして,今年になって,水中処分員の皆様の「日々の訓練」を見学出来るようになるとは思ってもいませんでした.昨年,「横須賀水中処分隊展示」を見学した直後にブログ各所に自らが書いた事が「その時限り」では,失礼無礼にも程がありますし,そのような人間で居たくはありません.ですから,「見学」は続いているのです.

判らない事がたくさんあります.全てを判る事は出来ずとも,一つ一つ勉強してゆくのです.「見て学んでゆく」のです.この日,水中処分班の皆様が海上海中にての訓練に出られる前に準備されているところに『YOKOSUKA軍港めぐり』のSea Friend I号さんが巡ってきました.この1枚の解説が出来る程の知識はありません.ですが,台車に載せられた「機材」は,とても重量がありそう…赤や黄色の旗,慣れていなければ降りるのも怖そうな石の階段など,さまざまな事(想像?)がまだまだ初心者の域を出ていない見学者の頭に浮かびます.この場面は,まさに「新年度スタート」と云う感じがするのです.「出発」と云う.運ばれていく「機材」の重さも感じます.水中処分隊の皆様を支える「技術」と「重量」.水中処分隊の皆様の技術の高さを目に見える別の形で顕すとしたら?この「重さ」?.『ぐらふぃこ』的写真でもありますが,「人の手」によって運ばれる(伝えられる・継承される)「技術」として,ここ『てくの』に投稿します.

まだまだ新米見学者,さまざまな事を思うのであります.また投稿文が長くなっていますね.投稿しましょう.
# by wissenbrristol | 2009-04-10 03:45 | EOD

水中処分母船YDT03号さんと災害派遣

前回の投稿にて,昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」の連続投稿が完了しました.タイトルは連続投稿の「最終回」としましたが,こちらのブログは最終回ではありません.まだまだ記録投稿は続きます.連続投稿完了後,初めての投稿は水中処分母船YDT03号さんと災害派遣について.
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2009年3月18日(水)『YOKOSUKA軍港めぐり』にて 海上自衛隊さん水中処分母船YDT03号さん

この日,ようやく海上を航行されている水中処分母船YDT03号さんの姿を撮る事が出来ました.たくさん写真はありましたが,今回の投稿では敢えて横浜の遠景…ベイブリッヂが写っている写真を選びました.意味があっての1枚です.

そろそろ1ヶ月が経過しようとしていますが,まだまだ寒かった頃.3月10日の深夜,伊豆大島沖でパナマ船籍貨物船と韓国船籍貨物船の衝突事故が起きました.韓国船籍「ORCHID PIA」も乗組員16名もの方々が行方不明となりました.夜が明けて午前10時.災害派遣要請により,横須賀からは海洋観測艦「わかさ」,水中処分母船YDT03,掃海艇「つのしま」が行方不明船舶捜索に向かいました.テレビ等での報道は2日のみ.後の状況は私たちには殆ど判りませんでした.防衛省site内の「報道資料」を閲覧するより他はありません.艦艇での捜索が夜間も続けられた事,翌日午后になって,掃海艇「つのしま」及び「水中処分母船が発見した救命艇等を3管本部に引き渡し,までは判りました.ですが,どうのような状況であったのかは,私たちは知る事が出来ませんでした.

そして,それから約1週間が経過.この日は,横須賀に護衛艦「ひゅうが」さんが入港される事もあり,いつものように『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船した際,水中処分母船YDT03号さんが横須賀消磁所方面から戻られるところを通過する事が出来ました.そして,帰宅後,3月10日の災害派遣についての状況を教えて戴く事が出来ました.横須賀水中処分隊の皆様の連続投稿の際にも転載させて戴きましたが,改めて.

「当日は、天気が良かったものの風浪があり、救命筏の曳航は至難でした。救命筏の一部が破損しており、80%以上が水没する状況下で無理な曳航はできず、曳航速力が3kt(時速5km程度)で約20時間かけて横浜まで回航しました。」

今回の写真を選んだのは,「よこすか」と共に横浜の遠景=ベイブリッヂが写っていた為です.時速5km程度で,今にも壊れてしまいそうな救命筏を約20時間もかけて,このベイブリッヂまで運ばれたのです.横須賀から横浜ではありません.大島沖から約20時間です.本当に大変な事です.その前には…

「我々、処分隊員(EOD員)の主たる任務は「海上交通の保護に寄与するため爆発性危険物を除去すること」でありますが、潜水技能および、処分艇(ゴムボート)操法の技能の高さからこのような災害派遣で出動することが多々あります。今回は、現場海域で多数の漂流物の回収と救命筏に曳航索を取り付ける作業を行いました。」

『別館』にも投稿しましたが,一体何処に海の底があるとも知れないのに,風も波も私たちが想像する以上である筈なのに,まさに「人の手」で漂流物の回収や救命筏に曳航索を取り付ける作業が行われるのです.勿論,自分に直接関わりのない事として,知らずに過ごしてしまっても誰にも非難はされませんが,昨年初めて「横須賀水中処分隊」の皆様の存在を知り(あまりに失礼な見学者でした),ブログに投稿しているのに,けろッと何も知らないと云うのでは,失礼無礼無知の上塗りです.それに,このような大変危険で重要な活動をされている事を,私たちが知らないと云うのは,「どうなんですか?」と強く思うのです.

今回の横須賀水中処分隊の皆様の災害派遣について,初めて「現在進行」で判ったと云う事もありました.それまでは,今までのご活動実績を追いかける形でしたので.「どこかで誰か(自分の知らない誰か)が捜索活動をしている」と云う漠然とした認識ではなく,『YOKOSUKA軍港めぐり』にて,こうして実際に自分の目で水中処分母船YDT03号さんを見学する,横須賀水中処分隊の皆様が訓練されているところを見学する事によって,少しずつでも「現実」を実感出来ていくようになれば…と思うのです.
# by wissenbrristol | 2009-04-06 00:56 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(34)最終回

折しも,年度替わりの3月末日となりました.昨年8月2日に行われた海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「横須賀水中処分隊展示」の連続投稿も今回が「最終回」となります.弱輩記録者現段階渾身の1枚.
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2008年8月2日(土)海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示+『潜水員・EOD員になるには』

モニタ解像度によっては,全体を表示出来ないかもしれませんが,敢えてオリジナルサイズで投稿します.この日が全ての「始まり」(これまでの無知な弱輩見学者の経緯は,今回の投稿がとても長くなりますので省きます).その遅過ぎた「始めの一歩」.画像に使用させて戴いた『潜水員・EOD員になるには』の図表は,「掃海隊群司令部水中処分班」のページに掲載されています.そのまま転載するには許可を戴かないとなりません.講義を学生がノートに書き取るに同じく,自分で作成してみました.こうして1段階ごとの課程を自分の手で画像作成していく事で,水中処分員に至るまでの難しさ,厳しさを少しでも…少しでも,ですが学ぶ事が出来れば…と.そして,先日とても大事な事を教えて戴きました.水中処分員の方々の「任務」についてです.wikipediaにも記述がありますが,水中処分隊の方に教えて戴く事が,何より「真実」です(wikipediaの記述を信用していないと云う意味ではなく).

「我々、処分隊員(EOD員)の主たる任務は「海上交通の保護に寄与するため爆発性危険物を除去すること」でありますが、潜水技能および、処分艇(ゴムボート)操法の技能の高さからこのような災害派遣で出動することが多々あります。」

「このような災害派遣」とは,3月10日に派遣要請のあった「大島沖における行方不明船舶捜索に係る災害派遣」を指します.

昨年8月2日の「横須賀水中処分隊展示」の後,記録写真をブログにその時投稿して,それで「終わり」にしてはならない,と強く思いつつも,殆ど水中処分隊さんの事が判らぬ日々が続きました.何とか限られた公的な資料で勉強しました.少しずつ少しずつ判り始めた水中処分隊さんのご活動,これまでの実績.そして,現在は『YOKOSUKA軍港めぐり』にて,横須賀水中処分隊の皆様の「日々の訓練」を見学出来る機会にも恵まれています.私たちは,もっと知っておかなくてはならないのです.昨年8月2日の「横須賀水中処分隊展示」の投稿は,今回で完了となりますが,『YOKOSUKA軍港めぐり』や一般開放にて,横須賀水中処分隊の皆様の「日々の訓練」を見学出来る機会がある限り,見学・勉強・記録は続きます.この投稿が横須賀水中処分隊の皆様の「最終回」ではありません.既に『ぐらふぃこ』にて,現在進行の横須賀水中処分隊さんの投稿が同時進行しています.今回の投稿は,昨年8月2日の「横須賀水中処分隊展示」の最終回です.連続投稿最初の画像を改めてもう一度.
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2008年8月2日(土)海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

8月2日編最終回用に一部修正しましたが,この「25の場面」は動かせません.「ここに始まる」です.あまりに遅過ぎた出発ではありますが.今夜はとても長い投稿になっておりますが,この連続投稿の間に知る事の出来た水中処分隊さんのこれまでのご活動実績も改めて転載させて戴き,8月2日編連続投稿を完了と致します.昨年8月2日の晴天猛暑の折,「水中処分隊展示」をして下さった横須賀水中処分隊の皆様,無知な弱輩見学者にコメントを下さったコンバット・ダイバー様,改めて御礼申し上げます.有り難うございました.

「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」+
▼父島における爆破処分『父島(宮之浜)爆破処分』

▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼3.6.5 ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業(9.11まで)処分機雷数34個のうちEOD処分29個
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)
▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

▼16.5.25 横須賀水中処分隊 新島での爆発性危険物の捜索、処分(5.29まで)
▼19.7.30 横須賀水中処分隊 父島(宮之浜)爆破処分(8.31まで)


直近の2009年3月10日伊豆大島沖での貨物船同士の衝突事故における横須賀水中処分隊の皆様の災害派遣の記録を追記したいところでありますが…こちらは,大変困難な状況であった事を教えて戴けました.今回の投稿にて一部転載させて戴きましたが,『水中処分母船YDT03号さんと災害派遣』として,改めてこちら『てくの』にも投稿致します.
# by wissenbrristol | 2009-03-31 01:38 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(33)

さて,いよいよ2008年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」の連続投稿も,残すところ,あと1回となりました.2008年を越し,明けて2009年3月も終わりに近づき,随分とのんびりと投稿したようにも思われるでしょうが,「猛勉強」の時間が必要でした.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

何故に今回,画像を小さくしてしまった?と思われる方もいらっしゃると思いますが,前回の投稿にも書きましたが,機雷「ぼむッ」の瞬間の記録はありません.是非,再び「横須賀水中処分隊さん展示」が行われる際に実際に見学して戴けますよう.そして,こちらの場面は,当日「横須賀水中処分隊さん展示」をなさった方々のご紹介から撤収までの記録です.『ぐらふぃこ』的場面ですので,改めて投稿致します.この場面では高速処分艇(ゴムボート)を縦横無尽に操られたお二方のお姿を撮る事が出来ませんでしたが…横須賀水中処分隊の皆様,本当に猛暑の中,大変勉強になる「水中処分隊展示」をありがとうございました.自分がこれまで,全く皆様の事を存じ上げなかった失礼を恥じ,当日の記録を単なる自らのブログの「情報消耗品」にする事だけは避けよう,何とか判る範囲で勉強し,その記録を綴ろうと思いました.

とても暑かった8月2日から,早くも7ヶ月以上が経過しました.その間に『YOKOSUKA軍港めぐり』が定期就航となり,さまざまな艦艇,海上自衛隊さんの「日々のお仕事」「日々の訓練」を見学出来るようにもなりました.そして,今年になってから,横須賀水中処分隊の皆様の「日々の訓練」を見学出来る機会にも恵まれるようになりました.もし,『YOKOSUKA軍港めぐり』が定期就航となっていなかったら?再び,「横須賀水中処分隊展示」が行われる日を待たなくてはなりませんでした.

投稿を重ねるに従い,徐々に投稿内容が長くなってゆきました.それでも,「横須賀水中処分隊」さんのご活動の全てにはまだまだ辿り着けません.この日,全くの「0」から出発し,7ヶ月かけて,ようやくここまで辿り着いた…と云う感じです.と,個人の感想を長々と書くのもおこがましいのですが.では,次回の8月2日「横須賀水中処分隊展示」投稿完了を前に,改めて,この7ヶ月間に知る事が出来た,「水中処分隊」の皆様のご活動実績の抜粋を転載させて戴きます.

「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」+
▼父島における爆破処分『父島(宮之浜)爆破処分』

▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』の転載を致します.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼3.6.5 ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業(9.11まで)処分機雷数34個のうちEOD処分29個
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)
▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

▼16.5.25 横須賀水中処分隊 新島での爆発性危険物の捜索、処分(5.29まで)
▼19.7.30 横須賀水中処分隊 父島(宮之浜)爆破処分(8.31まで)


直近では,2009年3月10日伊豆大島沖での貨物船同士の衝突事故における横須賀水中処分隊の皆様の災害派遣の記録を追記したいところでありますが…こちらは,大変困難な状況であった事を教えて戴けました.『水中処分母船YDT03号さんと災害派遣』として,改めて投稿致します.
# by wissenbrristol | 2009-03-27 03:32 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(32)

昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」の投稿は,あと2回の投稿で完了と致します.実際には「展示」は終了していませんが,続いて『ぐらふぃこ』に展開致します.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

この場面のみ,かなり白く撮れてしまいましたが…(撮っている最中に設定を変える時間的余裕がないので)これにて,左右両サイドで展示をされた皆様が「撤収」され,いよいよ機雷の爆破処理となります.実は,最後まで「爆破の瞬間」を撮るか,引くか(全体)で迷いました.結果「引いた」ので,その瞬間の写真(寄り)はありません.当時は,「それで良かったのか…」と自問自答しましたが,現在はそれで「正解」であったと思っています.たった1度きりの「水中処分隊展示」で完璧に記録する事が出来れば,それが最も良いと思いますが,このブログを観て下さったお客さまで,昨年の「水中処分隊展示」をご覧になっていらっしゃらない方々が,次回の「水中処分隊展示」を実際にご自分の眼・耳で見学して下さる事を願います.また,昨年ご覧になった方も再び.ただ,現在心配しているのは,今年になって海上自衛隊さんは,とても忙しくなられました.その為,今年の一般開放が中止になるような事になれば,数々の見学・体験の出来る年に1度の機会を失う事になります.気がかりではありますが,海上自衛隊の皆様も大切な任務があるのですから,私たちがその事を忘れてはならないのです.

前回の投稿の後,とても大切な事を教えて戴きました.3月10日に伊豆大島沖での貨物船同士の衝突事故における横須賀水中処分隊の皆様の災害派遣の際の状況と「処分隊員(EOD員)の主たる任務」について.災害派遣に関しましては,こちらのブログにて改めて投稿致します.今回の投稿では,「処分隊員(EOD員)の主たる任務」について転載させて戴きます.

「海上交通の保護に寄与するため爆発性危険物を除去すること」

初めて明確に教えて戴いた「主たる任務」です.同時に,伊豆大島沖の災害派遣に水中処分隊の方々が向かわれたのは何故かも教えて戴きました.

「潜水技能および、処分艇(ゴムボート)操法の技能の高さからこのような災害派遣で出動することが多々あります。」

昨年8月2日に全く無礼な知識「0」から遅れに遅れて出発しましたが,十分に時間をかけた投稿の間に,1歩1歩着実に水中処分隊さんの事が判りつつあります.昨年8月2日の「水中処分隊展示」の投稿は,残すところあと2回ですが,現在,『YOKOSUKA軍港めぐり』にての横須賀水中処分隊の皆様の記録が増えて来ました.これからも機会がある限り,見学・記録・勉強は続きます.
# by wissenbrristol | 2009-03-22 04:10 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(31)

各ブログに書いていますが,昨日は補給艦「ときわ」さんがインド洋に向けて出航されました.ようやく日曜日深夜に毎年恒例の確定申告お手伝い作業が完了し,さあ『YOKOSUKA軍港めぐり』へ!と思ったのですが,週末にお客さまの注文が入り月曜出勤となりました.とは云っても,事前に出航される事は知りませんので,もし行かれたとしても「お見送り」に間に合ったかどうかは判りません.補給艦「ときわ」さんに横須賀水中処分隊の皆様がご一緒されているかどうかも,まだこの「見学者」は確認出来ません.これまでの資料を拝見するに,ご一緒されているのでは?と思いましたが.今夜は『別館』と,ここ『てくの』を投稿します.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

昨年8月2日の「横須賀水中処分隊さん展示」の模様も残り僅かとなりました.そして,これまで転載させて戴きました「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」の大事な記述が1項目抜けているではないか!とお叱りを受けて然るべき投稿が続いておりました.見逃していた訳ではありません.忘れる訳がありません.この1項目が,系列ブログ複数開設のきっかけとなりました.この8月2日の約15分間に耳にした数々の重要な「情報」のうち,最も強く,耳に,心に,頭に,響いたものです.勿論,これまでの水中処分隊さんのご活動は全て重要です.いずれの「重さ」も,測り比較する事は出来ません.

何故,複数のブログを開設し,横須賀水中処分隊さんを半年かけて,そしてこれからも判ろうとしたのか.見事な「横須賀水中処分隊さん展示」を初めて目にして,「うわーかっちょいー!」とミーハーに感動しただけではありません.「はッ!と目が覚めた」と云うよりも「がつーん!」と強い衝撃を受けたと云っても過言ではなかったと思います.愕然としたと云うべきかもしれません.何に愕然としたか.自分が「気付かなかった・知らなかった」と云う事にです.

▼3.6.5 ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業(9.11まで)処分機雷数34個のうちEOD処分29個

ペルシャ湾派遣の事も掃海作業の事も当時の報道で知ってはいたのです.でも,「知っていた」と云っても,「ペルシャ湾派遣・掃海作業」と云う「言葉」でのみの認知です.そこに,「EOD処分29個」が含まれていなかったのです.「人が機雷に触れ爆破処理の準備をした」事が抜け落ちていたのです.今現在からすると,とんでもない事です.とんでもないまま17年も経過してしまったのです.

当日,「講義」をして下さった杉山3佐の「日本は金は出したけど,汗はかかないと云われましたが」の言葉が耳に入った瞬間,暑さもありましたが,目眩がしました.人は衝撃を受けた時,さまざまな感覚に陥ると思いますが,がつーんと後頭部一撃された気がしました.動揺しましたが,そこで手は止まりませんでした.この「横須賀水中処分隊さん展示」が終了するまで,しっかり撮り切らなくてはならない.今,自分に出来る事はそれしかないのだ!と.

先週土曜日,平成20年度確定申告最後の追い込み作業の際,夕方のニュースの時間帯だけはテレビを観させて欲しいと頼みました.どのような放送がされるかは知りませんでしたが,「正解」でした.ほんの6秒程でしたが,18年経過した今,「ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業」の映像を観る事が出来ました.この「横須賀水中処分隊さん展示」の30数枚の写真を勿体ぶって半年をかけて投稿したのではありません.あまりに自分が無知であった為,その間に懸命に勉強しなくてはならなかったのです.何度も書いていますが,単なる「横須賀水中処分隊さん展示の写真ベタ貼り記録投稿」で済ませてはならないと強く思ったからです.

では,改めて,「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」+
▼父島における爆破処分『父島(宮之浜)爆破処分』

▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』の転載を致します.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼3.6.5 ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業(9.11まで)処分機雷数34個のうちEOD処分29個
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)
▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

▼16.5.25 横須賀水中処分隊 新島での爆発性危険物の捜索、処分(5.29まで)
▼19.7.30 横須賀水中処分隊 父島(宮之浜)爆破処分(8.31まで)


更に追記出来ると思いますが,個人の判断ではなく,「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」が更新されるのを待ちます.
# by wissenbrristol | 2009-03-17 02:24 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(30)

いよいよ昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」編も30回目の投稿となりました.私たちが実際に水中処分隊さんが活動されている場面に立ち会える機会がとても少ないので,記録写真ベタ貼りブログにせず,十分時間をかけて,その間に学びながら地道に投稿して来ました.あと数枚で「水中処分隊展示」の模様も完了ですが,その後,水中処分隊さんの事が全く判らない状況は免れています.『YOKOSUKA軍港めぐり』が定期就航となったからです.常に水中処分隊さんを見学出来るとは限りませんが,全くの「0」ではありません.今後も少しずつでも,見学出来る機会がある事を願って,今夜も投稿しましょう.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

こちらのゴムボートにも海に飛び込まれ,直接機雷に触れ爆破処理の準備をなさった方が戻られました.今一度,その「機雷(最初は「浮遊物」」を廻り,皆様撤収となります.

この投稿を始めた頃は,「全く失礼ながら水中処分隊さんの事を知らなかった見学者」は,何とか水中処分隊さんの事を少しでも学ぼうと,これまでのご活動やEOD員応募資格など,web上に公開されている「公的な資料(実績)」を随分と遅れてはいますが,追い掛ける形になりました.少しずつ少しずつ,水中処分隊の皆様の事が判りつつありましたが,「水中処分隊さんの現在」までは,なかなか辿り着く事が出来ずにいました.年が明けて1月末,ようやく横須賀水中処分隊の皆様が海上・海中にて訓練されているところを『YOKOSUKA軍港めぐり』にて見学する機会が続きました.

そして,一昨日3月10日未明に東京都伊豆大島沖で貨物船同士の衝突事故が起きました.16名もの乗組員さんが現在も行方不明になっています.伊豆大島沖です.もしかして…防衛省の報道資料「お知らせ」を見にいきました.「大島沖における行方不明船舶捜索に係る災害派遣について(19時00分現在)」の派遣部隊に「水中処分母船」がありました.横須賀地方総監部からは,海洋観測艦「わかさ」,水中処分母船,掃海艇「つのしま」が向かったのですね.18時05分に航空機の捜索(10日)は終了とありますが,「※艦船については,夜間も捜索を実施」とあります.その後の発表がまだありませんので,現在も捜索を続けられているのでしょうか.昨日の報道映像で,UH-60Jさんが捜索にあたられている場面は出て来ました.ですが,テレビの報道は今日は目にしていません.でも,まだ皆様は捜索を続けてられているのではないでしょうか.

昨年8月2日に,ようやく水中処分隊さんの存在を知って以降,初めての「現在進行のご活動」を知る事になりました.実際に捜索にあたられているところを私たちが知る事は出来ません.ですが,今,このブログを投稿しようとしている深夜も,皆様が捜索活動を続けられているかもしれない,と云う事を忘れてはならないと肝に銘じて投稿します.
# by wissenbrristol | 2009-03-12 02:46 | 横須賀水中処分隊