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20080802 横須賀水中処分隊展示(27)

2月半ばからの「毎年恒例の確定申告用各社分伝票入力作業」に圧され,各系列ブログの投稿ペースが,ばらんばらんになってしまいました.『YOKOSUKA軍港めぐり』にも,2月11日の建国記念日以来,乗船出来ていません.早く以前のぺーすを取り戻したいです.しかし…『てくの』は,横須賀水中処分隊さん展示の写真が残り少なくなっています.新たに水中処分隊さんの記録が撮れていれば,投稿速度をやや上げても良いのですが…難しいところです.公的な資料も限られています.唸っていないで,投稿しましょう!
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

海に飛び込まれ,直接手で機雷に触れ,爆破処理の準備をされた方の処へ到着しましたね.思うのですが,この「通常」の動作でさえ,美しいのです.「美しい」は=無駄な線を描かない動きの事を指します.高度な訓練を受けていない場合,また熟達していない場合,何処か線は歪みます.この弧を描く水しぶきが無駄な動きのない事を示しています.とにもかくにも,水中処分隊の皆様を強いて一言で表現するなら「高度な技術力=厳しい訓練」なのです.また,「高度な技術力を以て,広く世界に貢献する」.「貢献」と入力するのも,口で云うのも簡単ですが,実際に「貢献」すると云う事は簡単ではありません.個人に貢献する事も簡単ではありません.「広く世界に」は,全く難しい事です.人はとかく己の利益・目先の利益だけを優先しがちですが.

今回の投稿も「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」から,皆様の活動実績についての記述を更にもう1項目転載追記させて戴きます.ただし,この記述(記録)までです.「(抜粋)」との事ですので,実際には,水中処分隊の皆様の活動実績の全てを知り得た訳ではありません.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)


▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

「EODT」とは,Explosive Ordnance Disposal Teamの事ですね.珍しく「判りません」が出ず,ほっとしました.インド洋の海上支援にも就かれているのですね.本当にすみません.こちらも存じませんでした.失礼を通り越し,本当に無礼ですよね.ここまで無知だと.でも,通常の報道を見聞きする範囲では判らないのではないか…とも思います.自己弁護ではなく.非常に残念な事です.先日,『YOKOSUKA軍港めぐり』にて,補給艦「ときわ」さんと,とても近い距離ですれ違いました.既に,その際には「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」を拝見していたので,改めてインド洋海上支援について思い出しました.

とにもかくにも,私たちが知らない事が多過ぎる…と云うの事を常に痛感するのです.「世界に誇る高度な技術力」を以て,ご活動されている水中処分隊さんの事を,もっと私たちが知るには,どうしたら良いのでしょうね…

【追記】投稿した後,誤字脱字やfont colorのチェックなどで(投稿を観た場合,読みづらく観づらくないか),何度か修正を繰り返しますが,アクセス数のチェックをして,少々驚きました.こんな早朝(5時前)に投稿したと云うのにアクセス数が,それこそ「爆発」しているのですが,何が起きたのでしょう??
by wissenbrristol | 2009-02-26 04:50 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(26)

「真夏」に戻って来ました.季節はまだまだ冬.日に日に春が感じられるようになりましたが,まだ寒いです.さて,投稿間隔がかなり開いて来ましたが,横須賀水中処分隊さん展示,ごむぼーとの場面は残り10枚を切りました.たった1回のみの横須賀水中処分隊さん展示見学でしたので,本当に写真が限られていました.それでも,半年以上と云う時間をじっくりかけて,ここまで来ました.その間に判った事もたくさんありました.では,26回目の投稿です.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

海に飛び込み準備をされた方の処へ到着しました.この場面では,ごむぼーとに隠れてしまっていますが,いよいよ到着.「水中処分隊展示」も終盤です.投稿にはじっくり時間をかけましたが,実際の「水中処分隊展示」は,鮮やかな手際であっと云う間に進行しました.ごむぼーとの皆様が登場されてから,たった3分しかなかったのです.でも,時間はとても短くとも,そこに集約されている事柄は,大きく重く厚く.だからこそ,半年かけての投稿ともなりました.でも,まだまだ不十分です.「水中処分隊」さんの「歴史」がここに凝縮出来たとは思っていません.

今回の投稿でも「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」から,皆様の活動実績についての記述を更に1項目転載追記させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)


▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)

270トンですよ!?270トン.どれほどの量か,全く把握出来ません.270トンて,どれぐらい?あまりに「重く」て,頭がぼ〜っとします.調べてみた処…ジャンボジェット機で250トンぐらいなのですか?ジャンボジェット機1機分も爆発物処理をなさったと云う事になります.莫大な量です.処理された爆発物は,小さいものから大きいものまであると思うのですが,▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』のページにて,そのごくごく一部を観る事が出来ますね.ちゃんと目盛も付いていますし.「実施内容」からも転載させて戴きます.

 作業は、隊員が約10メートル間隔で横一列になって実施するもので、5日間の作業で前浜海岸海水浴場一帯の爆発性危険物の捜索、揚収を終了しました。今年度の処分弾薬等は数量265発、重量337kgです。
 今回で50回を数え、これまでの処分量は砲弾等約5万2千発、総重量62.3トンにのぼっています。


平成16年5月25日から29日の事です.たった5年前の事です.たった5年前でも,これだけの量があったと云う事も驚きなのです.それも海水浴場一帯ですから,普通に私たちでも行かれる場所です.そう云えば,先日の建国記念日,いつものように『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船した後,初めて(多分)横須賀新港沖に浮かぶ猿島に行ってみました.時間があまりなかったので,ゆっくり見学出来ませんでしたが,第二海堡を観てみようと日蓮上人洞窟上を目指して歩いていたところ,少し手前に立て看板がありました.そこには…

お願い 島内で不発弾などの危険物を発見した場合は、手を触れずに猿島の管理事務所へご連絡下さい。」

と書かれていました.初めて「不発弾」と云う存在に近づいた,感じました.と同時に.父島や新島へはまだ行った事がありませんが,横須賀水中処分隊さんの事を思い出した次第であります.
by wissenbrristol | 2009-02-21 06:38 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(25)

慌ただしい1週間が過ぎ,ようやく『てくの』投稿.伝票入力に時間がとられるので,速報系の各ブログは比較的投稿出来る余裕がありますが,『てくの』『ぐらふぃこ』『rising』は,どっしり腰を落ち着けて投稿する必要があるので,今週は待機が続きました.横浜や横須賀にも春一番が吹き荒れ,いよいよ季節が春へと移りつつありますね.『てくの』は常夏ですが.では,昨年8月2日の水中処分隊さん展示の模様を引き続き.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

間もなく海に飛び込まれて準備をされた方のところへ.鮮やかな手際の連続で,あっと云う間に「展示」も進みました.このブログでは,1場面1場面をじっくり投稿してきたので,とても長い時間のように思えますが,実際には本当にあっと云う間です.また,最も左手の場所から撮りましたので,右手の方々がなかなか撮れませんでした.距離があるのと角度的に困難でしたが,ここで判ったのですが(例によって今頃),飛び込まれた場面は,総監部入口付近からご登場になられた方々が目の前でしたが,飛び込まれた方がボートに戻られる場面は,吉倉桟橋付近からご登場になられた方々が目の前に.これにて左右いずれの方々も撮る事が出来ましたし,見学していた方も交互に間近に観られた事になります.「構成」ですね.気付くのが遅いんですが…実際に見学する場所も展示の範囲も横長ですから,中央に居れば均等に見学する事が出来ますが,左右いずれの2列目以降に立っていた場合は,ちょっと観えづらいので.

場面の説明が長くなってしまいましたが,今回も「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」から,皆様の活動実績についての記述を1項目転載追記させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)


▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)

再び北海道ですね.こちらの引き揚げ作業に関しては,本当に寔に失礼ながら,全く存じませんでした.恐らく当時,報道されていたでしょうが…現段階では,詳細は判りません.知らない事だらけで情けないです.また,転載させて戴いている「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」も,「(抜粋)」となっていますので,ご活動の一部なのですよね?私たちが,そのご活動の実績全編に触れる機会があると良いのですが…なかなか辿り着けません.いずれ,少しずつでも判っていく事が出来ればと思うのであります.実際に昨年8月2日以降,水中処分隊さんの投稿を地道に続けている間に,少しずつ少しずつでも判って来ています.今月で半年が経過しました.「展示」直後に速報で投稿したきりで,後は記憶の彼方に…ではなく,時間をかけていく事の意味も痛感しました.決して,「自らのブログの情報消耗品」にしてはならないのです.決して.
by wissenbrristol | 2009-02-14 21:30 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(24)

また少し時間が空いてしまいましたが,引き続き昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放の際の「水中処分隊展示」の模様を.どうやら(30)を超えそうですね.昨夜は何気なくiTunesのヴィジュアライザをver.8.0.1にしてから初めて表示させて,それはそれは驚きました.「ヴィジュアライザ」は曲を映像化する機能です.いつも,水中処分隊さんの画像を作成する際にかけている「個人的主題曲」でしたので,より一層驚きました.曲名は明記しません.特定のイメージが着いてしまうといけませんので(と云っても,「歌」がある曲ではないですし,広く一般の方が聴いている曲でもありません).おっと.話題が反れましたね.8月2日に戻りましょう.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

引き続き,交差する場面ですが,皆様の進行方向が前回と違います.写真は正確に時系列.データを確認すると前回の場面から16秒が経過しています.もう一度交差されたのですね.何度観ても見事な場面です.

さて,前回の投稿では,ようやく27年が経過して知ったEOD員の皆様の救助活動について,判る範囲の事,自分はその時どうしていたのかを書きましたが,羽田沖での事故についてのみでした.こちらの「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」の項目には,まだ皆様の活動についての記述があります.今回は災害派遣の記録も加えて転載させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動


▼4.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
(注:「掃海隊群司令部水中処分班」ページに記載されている日付をそのまま引用していますが,平成5年ですよね?)

昭和から平成に変わり5年.16年前の夏.この北海道南西沖地震も非常に強く記憶に刻まれている大変な災害です.wikipediaからも転載します.

北海道南西沖地震(ほっかいどうなんせいおきじしん)は、1993年(平成5年)7月12日午後10時17分12秒、北海道奥尻郡奥尻町北方沖の日本海海底で発生した地震である。Mは7.8、推定震度6(烈震)で、日本海側で発生した地震としては最大規模。震源に近い奥尻島を中心に、火災や津波で大きな被害を出し、死者201名、行方不明者29名を出した。さらに、ロシアでも行方不明者3名。震度が推定になっているのは、当時地震計が置かれていなかったため。

この北海道南西沖地震の際,尊敬する水中写真家の中村征夫さんも奥尻島で被災されました.大切なカメラを始め,たくさんの大切な機材が失われた事を知り,大変心を痛めました.自分はまだまだ写真弱輩にしても,カメラを失うと云う事はどれほどの悲しみと痛手であるかと…勿論,カメラや機材はお金を出せば買えますが,失われた記録や自らの分身であるカメラはお金では取り戻せません.烈しい地震も恐ろしいですが,地震発生から2,3分で第一波がやって来た津波の恐ろしさも,映像からのみであっても,まざまざと突きつけられました.大津波が去った後の海岸線は筆舌しがたい惨状でした.当時も繰り返し映像を観ていましたが,やはり,その場所にEOD員の皆様が向かわれた事は2009年になるまで知らなかったのです.多くの機関・組織の方々が救助にあたられていたのは十分判っていても.

ここ最近,関東では大きな地震は起きていません.それがむしろ恐ろしくもあります.もし,水中処分隊さん展示の写真を撮っていなかったとしたら,このような事を改めて考えただろうか?と自問自答する,今日この頃であります.
by wissenbrristol | 2009-02-09 22:23 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(23)

今日は立春.暦の上では春の知らせ.でも,まだまだ寒いです.昨年はこの時期,横浜は雪が何度か降りました.今年は雨でしたから,少し暖かいとは云っても,寒さは続きます.ここ『てくの』は,ずっと真夏です.では,横須賀水中処分隊さん展示第23回目です.
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2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

高速で,そして隙間などあるのだろうか?と云う程の至近距離で交差します.写真の並びを確認すると,この場面は2度目の交差(冒頭から数えてではなく)です.何度観ても見事な場面です.よくよく考えると,こちらのゴムボートは車のようにハンドルがある訳ではありませんから,素人からすれば,真っすぐ海上を突っ走るっている自体が,既にものスゴい事なのです.積み上げられた訓練の成せる高度な技術です.先日の真冬のハドソン川不時着陸の後,機長さんが仰っていた言葉を思い出します.「優秀な乗務員が乗り合わせていて,訓練の通りにしたまで」.高度な技術は一朝一夕に身に付くものではありませんし,また,「その時」に訓練の通りに行動できるかは,精神面での訓練も必要ですよね.平常心を保って行動する.とってもとっても難しい事です.

先日,「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」の項目を拝見して,大変申し訳ないのですが,初めて救助活動をされている事も知りました.今回は救助活動の記録を転載させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動


折しも,真冬のこの時期の事であります.昭和41年2月4日には私は生まれていませんので,記憶もありませんが,昭和57年2月9日の記憶はしっかりあります.丁度,中学2年ぐらいで期末試験の最中であったと思います.先生が教室のテレビを点けて報道を観ていました.羽田は近いですし,よく行っていた場所ですから,どのあたりに墜落したのかが判りました.その日は晴れていましたが,真冬です.ウェットスーツを着た方々が海に潜って救助活動をしている場面を何度も映像で観ました.27年前の事ですが,今でもその映像を思い出せます.飛行機事故は本当に恐しく痛ましい,と強く記憶に刻まれた事故です.また,真冬の海で救助活動されている方々に強い尊敬の念を抱きました.27年が経過した2009年,その救助活動に水中処分員の方々があたられていた,と云う事を知りました.随分と時間がかかりましたが…改めて,昨年8月2日に初めて「横須賀水中処分隊さん展示」を撮らせて戴き,1場面1場面を時間をかけて見直し,投稿していく事の「意味深さ(大きさ)」を痛感しています.
by wissenbrristol | 2009-02-04 22:39 | 横須賀水中処分隊