VT to the origin(exてくのFK)

カテゴリ:横須賀水中処分隊( 69 )

20080802 横須賀水中処分隊展示(33)

さて,いよいよ2008年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」の連続投稿も,残すところ,あと1回となりました.2008年を越し,明けて2009年3月も終わりに近づき,随分とのんびりと投稿したようにも思われるでしょうが,「猛勉強」の時間が必要でした.
e0149306_1295575.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

何故に今回,画像を小さくしてしまった?と思われる方もいらっしゃると思いますが,前回の投稿にも書きましたが,機雷「ぼむッ」の瞬間の記録はありません.是非,再び「横須賀水中処分隊さん展示」が行われる際に実際に見学して戴けますよう.そして,こちらの場面は,当日「横須賀水中処分隊さん展示」をなさった方々のご紹介から撤収までの記録です.『ぐらふぃこ』的場面ですので,改めて投稿致します.この場面では高速処分艇(ゴムボート)を縦横無尽に操られたお二方のお姿を撮る事が出来ませんでしたが…横須賀水中処分隊の皆様,本当に猛暑の中,大変勉強になる「水中処分隊展示」をありがとうございました.自分がこれまで,全く皆様の事を存じ上げなかった失礼を恥じ,当日の記録を単なる自らのブログの「情報消耗品」にする事だけは避けよう,何とか判る範囲で勉強し,その記録を綴ろうと思いました.

とても暑かった8月2日から,早くも7ヶ月以上が経過しました.その間に『YOKOSUKA軍港めぐり』が定期就航となり,さまざまな艦艇,海上自衛隊さんの「日々のお仕事」「日々の訓練」を見学出来るようにもなりました.そして,今年になってから,横須賀水中処分隊の皆様の「日々の訓練」を見学出来る機会にも恵まれるようになりました.もし,『YOKOSUKA軍港めぐり』が定期就航となっていなかったら?再び,「横須賀水中処分隊展示」が行われる日を待たなくてはなりませんでした.

投稿を重ねるに従い,徐々に投稿内容が長くなってゆきました.それでも,「横須賀水中処分隊」さんのご活動の全てにはまだまだ辿り着けません.この日,全くの「0」から出発し,7ヶ月かけて,ようやくここまで辿り着いた…と云う感じです.と,個人の感想を長々と書くのもおこがましいのですが.では,次回の8月2日「横須賀水中処分隊展示」投稿完了を前に,改めて,この7ヶ月間に知る事が出来た,「水中処分隊」の皆様のご活動実績の抜粋を転載させて戴きます.

「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」+
▼父島における爆破処分『父島(宮之浜)爆破処分』

▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』の転載を致します.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼3.6.5 ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業(9.11まで)処分機雷数34個のうちEOD処分29個
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)
▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

▼16.5.25 横須賀水中処分隊 新島での爆発性危険物の捜索、処分(5.29まで)
▼19.7.30 横須賀水中処分隊 父島(宮之浜)爆破処分(8.31まで)


直近では,2009年3月10日伊豆大島沖での貨物船同士の衝突事故における横須賀水中処分隊の皆様の災害派遣の記録を追記したいところでありますが…こちらは,大変困難な状況であった事を教えて戴けました.『水中処分母船YDT03号さんと災害派遣』として,改めて投稿致します.
by wissenbrristol | 2009-03-27 03:32 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(32)

昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」の投稿は,あと2回の投稿で完了と致します.実際には「展示」は終了していませんが,続いて『ぐらふぃこ』に展開致します.
e0149306_395695.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

この場面のみ,かなり白く撮れてしまいましたが…(撮っている最中に設定を変える時間的余裕がないので)これにて,左右両サイドで展示をされた皆様が「撤収」され,いよいよ機雷の爆破処理となります.実は,最後まで「爆破の瞬間」を撮るか,引くか(全体)で迷いました.結果「引いた」ので,その瞬間の写真(寄り)はありません.当時は,「それで良かったのか…」と自問自答しましたが,現在はそれで「正解」であったと思っています.たった1度きりの「水中処分隊展示」で完璧に記録する事が出来れば,それが最も良いと思いますが,このブログを観て下さったお客さまで,昨年の「水中処分隊展示」をご覧になっていらっしゃらない方々が,次回の「水中処分隊展示」を実際にご自分の眼・耳で見学して下さる事を願います.また,昨年ご覧になった方も再び.ただ,現在心配しているのは,今年になって海上自衛隊さんは,とても忙しくなられました.その為,今年の一般開放が中止になるような事になれば,数々の見学・体験の出来る年に1度の機会を失う事になります.気がかりではありますが,海上自衛隊の皆様も大切な任務があるのですから,私たちがその事を忘れてはならないのです.

前回の投稿の後,とても大切な事を教えて戴きました.3月10日に伊豆大島沖での貨物船同士の衝突事故における横須賀水中処分隊の皆様の災害派遣の際の状況と「処分隊員(EOD員)の主たる任務」について.災害派遣に関しましては,こちらのブログにて改めて投稿致します.今回の投稿では,「処分隊員(EOD員)の主たる任務」について転載させて戴きます.

「海上交通の保護に寄与するため爆発性危険物を除去すること」

初めて明確に教えて戴いた「主たる任務」です.同時に,伊豆大島沖の災害派遣に水中処分隊の方々が向かわれたのは何故かも教えて戴きました.

「潜水技能および、処分艇(ゴムボート)操法の技能の高さからこのような災害派遣で出動することが多々あります。」

昨年8月2日に全く無礼な知識「0」から遅れに遅れて出発しましたが,十分に時間をかけた投稿の間に,1歩1歩着実に水中処分隊さんの事が判りつつあります.昨年8月2日の「水中処分隊展示」の投稿は,残すところあと2回ですが,現在,『YOKOSUKA軍港めぐり』にての横須賀水中処分隊の皆様の記録が増えて来ました.これからも機会がある限り,見学・記録・勉強は続きます.
by wissenbrristol | 2009-03-22 04:10 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(31)

各ブログに書いていますが,昨日は補給艦「ときわ」さんがインド洋に向けて出航されました.ようやく日曜日深夜に毎年恒例の確定申告お手伝い作業が完了し,さあ『YOKOSUKA軍港めぐり』へ!と思ったのですが,週末にお客さまの注文が入り月曜出勤となりました.とは云っても,事前に出航される事は知りませんので,もし行かれたとしても「お見送り」に間に合ったかどうかは判りません.補給艦「ときわ」さんに横須賀水中処分隊の皆様がご一緒されているかどうかも,まだこの「見学者」は確認出来ません.これまでの資料を拝見するに,ご一緒されているのでは?と思いましたが.今夜は『別館』と,ここ『てくの』を投稿します.
e0149306_13723.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

昨年8月2日の「横須賀水中処分隊さん展示」の模様も残り僅かとなりました.そして,これまで転載させて戴きました「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」の大事な記述が1項目抜けているではないか!とお叱りを受けて然るべき投稿が続いておりました.見逃していた訳ではありません.忘れる訳がありません.この1項目が,系列ブログ複数開設のきっかけとなりました.この8月2日の約15分間に耳にした数々の重要な「情報」のうち,最も強く,耳に,心に,頭に,響いたものです.勿論,これまでの水中処分隊さんのご活動は全て重要です.いずれの「重さ」も,測り比較する事は出来ません.

何故,複数のブログを開設し,横須賀水中処分隊さんを半年かけて,そしてこれからも判ろうとしたのか.見事な「横須賀水中処分隊さん展示」を初めて目にして,「うわーかっちょいー!」とミーハーに感動しただけではありません.「はッ!と目が覚めた」と云うよりも「がつーん!」と強い衝撃を受けたと云っても過言ではなかったと思います.愕然としたと云うべきかもしれません.何に愕然としたか.自分が「気付かなかった・知らなかった」と云う事にです.

▼3.6.5 ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業(9.11まで)処分機雷数34個のうちEOD処分29個

ペルシャ湾派遣の事も掃海作業の事も当時の報道で知ってはいたのです.でも,「知っていた」と云っても,「ペルシャ湾派遣・掃海作業」と云う「言葉」でのみの認知です.そこに,「EOD処分29個」が含まれていなかったのです.「人が機雷に触れ爆破処理の準備をした」事が抜け落ちていたのです.今現在からすると,とんでもない事です.とんでもないまま17年も経過してしまったのです.

当日,「講義」をして下さった杉山3佐の「日本は金は出したけど,汗はかかないと云われましたが」の言葉が耳に入った瞬間,暑さもありましたが,目眩がしました.人は衝撃を受けた時,さまざまな感覚に陥ると思いますが,がつーんと後頭部一撃された気がしました.動揺しましたが,そこで手は止まりませんでした.この「横須賀水中処分隊さん展示」が終了するまで,しっかり撮り切らなくてはならない.今,自分に出来る事はそれしかないのだ!と.

先週土曜日,平成20年度確定申告最後の追い込み作業の際,夕方のニュースの時間帯だけはテレビを観させて欲しいと頼みました.どのような放送がされるかは知りませんでしたが,「正解」でした.ほんの6秒程でしたが,18年経過した今,「ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業」の映像を観る事が出来ました.この「横須賀水中処分隊さん展示」の30数枚の写真を勿体ぶって半年をかけて投稿したのではありません.あまりに自分が無知であった為,その間に懸命に勉強しなくてはならなかったのです.何度も書いていますが,単なる「横須賀水中処分隊さん展示の写真ベタ貼り記録投稿」で済ませてはならないと強く思ったからです.

では,改めて,「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」+
▼父島における爆破処分『父島(宮之浜)爆破処分』

▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』の転載を致します.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼3.6.5 ペルシャ湾派遣部隊、クウェート沖で掃海作業(9.11まで)処分機雷数34個のうちEOD処分29個
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)
▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

▼16.5.25 横須賀水中処分隊 新島での爆発性危険物の捜索、処分(5.29まで)
▼19.7.30 横須賀水中処分隊 父島(宮之浜)爆破処分(8.31まで)


更に追記出来ると思いますが,個人の判断ではなく,「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」が更新されるのを待ちます.
by wissenbrristol | 2009-03-17 02:24 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(30)

いよいよ昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」編も30回目の投稿となりました.私たちが実際に水中処分隊さんが活動されている場面に立ち会える機会がとても少ないので,記録写真ベタ貼りブログにせず,十分時間をかけて,その間に学びながら地道に投稿して来ました.あと数枚で「水中処分隊展示」の模様も完了ですが,その後,水中処分隊さんの事が全く判らない状況は免れています.『YOKOSUKA軍港めぐり』が定期就航となったからです.常に水中処分隊さんを見学出来るとは限りませんが,全くの「0」ではありません.今後も少しずつでも,見学出来る機会がある事を願って,今夜も投稿しましょう.
e0149306_2183178.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

こちらのゴムボートにも海に飛び込まれ,直接機雷に触れ爆破処理の準備をなさった方が戻られました.今一度,その「機雷(最初は「浮遊物」」を廻り,皆様撤収となります.

この投稿を始めた頃は,「全く失礼ながら水中処分隊さんの事を知らなかった見学者」は,何とか水中処分隊さんの事を少しでも学ぼうと,これまでのご活動やEOD員応募資格など,web上に公開されている「公的な資料(実績)」を随分と遅れてはいますが,追い掛ける形になりました.少しずつ少しずつ,水中処分隊の皆様の事が判りつつありましたが,「水中処分隊さんの現在」までは,なかなか辿り着く事が出来ずにいました.年が明けて1月末,ようやく横須賀水中処分隊の皆様が海上・海中にて訓練されているところを『YOKOSUKA軍港めぐり』にて見学する機会が続きました.

そして,一昨日3月10日未明に東京都伊豆大島沖で貨物船同士の衝突事故が起きました.16名もの乗組員さんが現在も行方不明になっています.伊豆大島沖です.もしかして…防衛省の報道資料「お知らせ」を見にいきました.「大島沖における行方不明船舶捜索に係る災害派遣について(19時00分現在)」の派遣部隊に「水中処分母船」がありました.横須賀地方総監部からは,海洋観測艦「わかさ」,水中処分母船,掃海艇「つのしま」が向かったのですね.18時05分に航空機の捜索(10日)は終了とありますが,「※艦船については,夜間も捜索を実施」とあります.その後の発表がまだありませんので,現在も捜索を続けられているのでしょうか.昨日の報道映像で,UH-60Jさんが捜索にあたられている場面は出て来ました.ですが,テレビの報道は今日は目にしていません.でも,まだ皆様は捜索を続けてられているのではないでしょうか.

昨年8月2日に,ようやく水中処分隊さんの存在を知って以降,初めての「現在進行のご活動」を知る事になりました.実際に捜索にあたられているところを私たちが知る事は出来ません.ですが,今,このブログを投稿しようとしている深夜も,皆様が捜索活動を続けられているかもしれない,と云う事を忘れてはならないと肝に銘じて投稿します.
by wissenbrristol | 2009-03-12 02:46 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(29)

まだ熱がありまして,もや〜んとしておりますが…投稿しましょう!(←空回りしないよう注意)いよいよ横須賀水中処分隊さん集中投稿も30回目が目前となりました.今年1月末までは,横須賀水中処分隊さんの記録写真は,この昨年8月2日の「水中処分隊展示」1回分のみでした.年が明けてから,幸運な事に幾度か皆様が訓練なさっていたり,お仕事なさっているところを『YOKOSUKA軍港めぐり』にて見学する機会に恵まれました.直近の記録を『別館』『ぐらふぃこ』で,起点の「水中処分隊展示」の記録は『てくの』で,と3つのブログを連動させて投稿しています.
e0149306_23135637.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

海に飛び込まれ,機雷に直接手を触れ爆破の準備をされた隊員の方もゴムボートに戻られました.丁度,中央あたりゴムボートの影になっていますが,機雷が観えますね.今一度,この機雷の周囲をくるりと廻り,皆様撤収となります.2組に分かれて展示をなさったので,記録の写真としては両sideを納める画角が理想ですが,それはヴェルニー公園と吉倉桟橋一番手前の艦艇上からしか撮れません.と,記録する側の話題になってしまいましたが.

これまでの投稿では,水中処分隊さんのご活動実績を転載させて戴き,現在判っている範囲でまとめて来ました.まだ,1つ転載させて戴いていない情報があります.『潜水員、EOD員になるには』の図表です.これはそのまま転載は出来ません(転載許可を戴かないとなりません).勉強の為に自分で作ってみようと思っているのですが.テキストで書く事も可能ですが,ちょっと判りづらいかと.この図表を観ても,改めて水中処分員に至るまでもが難しい事が判ります.

ブログは24時間年中無休で稼働しています.いつ何時,どのようなお方が来られるかは全く予想もつきません.続けて記事を参照していくと重複する記述も多々ありますが,いつもいつでもトップから観て下さっているとも限らないので,敢えて重複を省く投稿にはしていません.1つの記事単独(検索)で,こちらに来られる場合もありますので.このexblog内には会社の分も含め,現在9つありますが,投稿しなければ,訪問者数に0や1(自分)が並ぶ事も珍しくありません.ですが,『別館』『てくの』『ぐらふぃこ』は,日々常に閲覧されている結果が出ています.exblogのアクセス解析は,ユニークユーザ数なので,実際に閲覧されている回数は,毎日表示される結果よりも多いかもしれません.

その為,重複しても必要と思われる部分は,何度でも記載・転載しております.今回も
「掃海隊群司令部水中処分班」ページの「EOD員の活動実績(抜粋)」+
▼父島における爆破処分『父島(宮之浜)爆破処分』

▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』を転載させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)
▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

▼16.5.25 横須賀水中処分隊 新島での爆発性危険物の捜索、処分(5.29まで)
▼19.7.30 横須賀水中処分隊 父島(宮之浜)爆破処分(8.31まで)

by wissenbrristol | 2009-03-08 23:54 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(28)

ようやく『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船出来ました.半月以上も横須賀には行かれない状態が続きました.そして,久しぶりの快晴のもと,横須賀水中処分隊の皆様がお仕事をなさっている処も見学する事が出来ました.時間にして1分半ほどでしたが,大変貴重な1分半でした.有り難うございました.短い時間であっても,皆様のお仕事の一端を見学出来ると云うのは,貴重な体験です.『別館』『ぐらふぃこ』を先に投稿し,そして真夏の8月2日へ.この日が「始まり・起点」です.
e0149306_21585652.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

海に飛び込まれ,直接手で機雷に触れ,爆破処理の準備をされた方がごむぼーとに戻られました.ささっと一瞬で戻られたましたが,よくよく考えれば,私たちのような訓練を受けていない身からすれば,それさえも難しいと思うのです.ごむぼーとに登ろうとしても,なかなか出来ないのではないかと思います.さも当たり前に簡単になさっている事の一つ一つが難しいと思うのです.「プロフェッショナルだから当たり前ぢゃないか」と片付ける人も居るでしょうが,何なら一つ一つ自分でやってみたら良いでしょう.海は私たちにとって,とても身近な「遊びに行く楽しい処」でもありますが,では,そこでお仕事となったら?そして,とても危険な作業をするとなったら?陸上では難なくこなせる作業も,海の中ではとても難しくなる筈です.プールなどでは水は透き通っていますが,海はそうではありませんよね?勿論,南の美しい海なら視界も良好でしょうが…

横須賀水中処分隊の皆様の存在を,やっと知る事が出来てから,まだ1年経っていません.全く殆ど判らない状態から,少しずつでも判って来た事が積み重なって来ました.文字からだけの知識ではなく,こうして「水中処分隊展示」や『YOKOSUKA軍港めぐり』にて,皆様が訓練やお仕事をされている場を通り見学出来る事で,それぞれが短い時間であっても,実にたくさんの事を学び考える事が出来るのです.8月2日の「水中処分隊展示」を見学し,「実に見事な手際だったね!」で終わってしまったとしたら?その時は強く印象に残ったとしても,日々の生活に戻り,次第に記憶の彼方…にしない.

今年に入ってからの投稿で,「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」から,皆様の活動実績についての記述を転載させて戴いておりますが,ここに▼父島における爆破処分『父島(宮之浜)爆破処分』
▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』を加えてみます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)
▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

▼16.5.25 横須賀水中処分隊 新島での爆発性危険物の捜索、処分(5.29まで)
▼19.7.30 横須賀水中処分隊 父島(宮之浜)爆破処分(8.31まで)


現在,水中処分隊さんの活動実績として知る事が出来たのは,上記のみです.ようやく,ここまで辿り着けた…と云うところです.まだまだ「ちっとも判っとらん」でしょうね.勉強は続きます.
by wissenbrristol | 2009-03-04 22:27 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(27)

2月半ばからの「毎年恒例の確定申告用各社分伝票入力作業」に圧され,各系列ブログの投稿ペースが,ばらんばらんになってしまいました.『YOKOSUKA軍港めぐり』にも,2月11日の建国記念日以来,乗船出来ていません.早く以前のぺーすを取り戻したいです.しかし…『てくの』は,横須賀水中処分隊さん展示の写真が残り少なくなっています.新たに水中処分隊さんの記録が撮れていれば,投稿速度をやや上げても良いのですが…難しいところです.公的な資料も限られています.唸っていないで,投稿しましょう!
e0149306_4134259.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

海に飛び込まれ,直接手で機雷に触れ,爆破処理の準備をされた方の処へ到着しましたね.思うのですが,この「通常」の動作でさえ,美しいのです.「美しい」は=無駄な線を描かない動きの事を指します.高度な訓練を受けていない場合,また熟達していない場合,何処か線は歪みます.この弧を描く水しぶきが無駄な動きのない事を示しています.とにもかくにも,水中処分隊の皆様を強いて一言で表現するなら「高度な技術力=厳しい訓練」なのです.また,「高度な技術力を以て,広く世界に貢献する」.「貢献」と入力するのも,口で云うのも簡単ですが,実際に「貢献」すると云う事は簡単ではありません.個人に貢献する事も簡単ではありません.「広く世界に」は,全く難しい事です.人はとかく己の利益・目先の利益だけを優先しがちですが.

今回の投稿も「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」から,皆様の活動実績についての記述を更にもう1項目転載追記させて戴きます.ただし,この記述(記録)までです.「(抜粋)」との事ですので,実際には,水中処分隊の皆様の活動実績の全てを知り得た訳ではありません.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)
▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)


▼14.10.1 インド洋派遣海上支援部隊へのEODTの派遣(3ヶ月交代で継続中)

「EODT」とは,Explosive Ordnance Disposal Teamの事ですね.珍しく「判りません」が出ず,ほっとしました.インド洋の海上支援にも就かれているのですね.本当にすみません.こちらも存じませんでした.失礼を通り越し,本当に無礼ですよね.ここまで無知だと.でも,通常の報道を見聞きする範囲では判らないのではないか…とも思います.自己弁護ではなく.非常に残念な事です.先日,『YOKOSUKA軍港めぐり』にて,補給艦「ときわ」さんと,とても近い距離ですれ違いました.既に,その際には「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」を拝見していたので,改めてインド洋海上支援について思い出しました.

とにもかくにも,私たちが知らない事が多過ぎる…と云うの事を常に痛感するのです.「世界に誇る高度な技術力」を以て,ご活動されている水中処分隊さんの事を,もっと私たちが知るには,どうしたら良いのでしょうね…

【追記】投稿した後,誤字脱字やfont colorのチェックなどで(投稿を観た場合,読みづらく観づらくないか),何度か修正を繰り返しますが,アクセス数のチェックをして,少々驚きました.こんな早朝(5時前)に投稿したと云うのにアクセス数が,それこそ「爆発」しているのですが,何が起きたのでしょう??
by wissenbrristol | 2009-02-26 04:50 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(26)

「真夏」に戻って来ました.季節はまだまだ冬.日に日に春が感じられるようになりましたが,まだ寒いです.さて,投稿間隔がかなり開いて来ましたが,横須賀水中処分隊さん展示,ごむぼーとの場面は残り10枚を切りました.たった1回のみの横須賀水中処分隊さん展示見学でしたので,本当に写真が限られていました.それでも,半年以上と云う時間をじっくりかけて,ここまで来ました.その間に判った事もたくさんありました.では,26回目の投稿です.
e0149306_5545767.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

海に飛び込み準備をされた方の処へ到着しました.この場面では,ごむぼーとに隠れてしまっていますが,いよいよ到着.「水中処分隊展示」も終盤です.投稿にはじっくり時間をかけましたが,実際の「水中処分隊展示」は,鮮やかな手際であっと云う間に進行しました.ごむぼーとの皆様が登場されてから,たった3分しかなかったのです.でも,時間はとても短くとも,そこに集約されている事柄は,大きく重く厚く.だからこそ,半年かけての投稿ともなりました.でも,まだまだ不十分です.「水中処分隊」さんの「歴史」がここに凝縮出来たとは思っていません.

今回の投稿でも「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」から,皆様の活動実績についての記述を更に1項目転載追記させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)


▼11.9.22 横須賀水中処分隊に第1級賞状(270トンに及ぶ爆発物処理)

270トンですよ!?270トン.どれほどの量か,全く把握出来ません.270トンて,どれぐらい?あまりに「重く」て,頭がぼ〜っとします.調べてみた処…ジャンボジェット機で250トンぐらいなのですか?ジャンボジェット機1機分も爆発物処理をなさったと云う事になります.莫大な量です.処理された爆発物は,小さいものから大きいものまであると思うのですが,▼東京都新島での恒例の不発弾処分『続く新島での戦後処理』のページにて,そのごくごく一部を観る事が出来ますね.ちゃんと目盛も付いていますし.「実施内容」からも転載させて戴きます.

 作業は、隊員が約10メートル間隔で横一列になって実施するもので、5日間の作業で前浜海岸海水浴場一帯の爆発性危険物の捜索、揚収を終了しました。今年度の処分弾薬等は数量265発、重量337kgです。
 今回で50回を数え、これまでの処分量は砲弾等約5万2千発、総重量62.3トンにのぼっています。


平成16年5月25日から29日の事です.たった5年前の事です.たった5年前でも,これだけの量があったと云う事も驚きなのです.それも海水浴場一帯ですから,普通に私たちでも行かれる場所です.そう云えば,先日の建国記念日,いつものように『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船した後,初めて(多分)横須賀新港沖に浮かぶ猿島に行ってみました.時間があまりなかったので,ゆっくり見学出来ませんでしたが,第二海堡を観てみようと日蓮上人洞窟上を目指して歩いていたところ,少し手前に立て看板がありました.そこには…

お願い 島内で不発弾などの危険物を発見した場合は、手を触れずに猿島の管理事務所へご連絡下さい。」

と書かれていました.初めて「不発弾」と云う存在に近づいた,感じました.と同時に.父島や新島へはまだ行った事がありませんが,横須賀水中処分隊さんの事を思い出した次第であります.
by wissenbrristol | 2009-02-21 06:38 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(25)

慌ただしい1週間が過ぎ,ようやく『てくの』投稿.伝票入力に時間がとられるので,速報系の各ブログは比較的投稿出来る余裕がありますが,『てくの』『ぐらふぃこ』『rising』は,どっしり腰を落ち着けて投稿する必要があるので,今週は待機が続きました.横浜や横須賀にも春一番が吹き荒れ,いよいよ季節が春へと移りつつありますね.『てくの』は常夏ですが.では,昨年8月2日の水中処分隊さん展示の模様を引き続き.
e0149306_2105340.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

間もなく海に飛び込まれて準備をされた方のところへ.鮮やかな手際の連続で,あっと云う間に「展示」も進みました.このブログでは,1場面1場面をじっくり投稿してきたので,とても長い時間のように思えますが,実際には本当にあっと云う間です.また,最も左手の場所から撮りましたので,右手の方々がなかなか撮れませんでした.距離があるのと角度的に困難でしたが,ここで判ったのですが(例によって今頃),飛び込まれた場面は,総監部入口付近からご登場になられた方々が目の前でしたが,飛び込まれた方がボートに戻られる場面は,吉倉桟橋付近からご登場になられた方々が目の前に.これにて左右いずれの方々も撮る事が出来ましたし,見学していた方も交互に間近に観られた事になります.「構成」ですね.気付くのが遅いんですが…実際に見学する場所も展示の範囲も横長ですから,中央に居れば均等に見学する事が出来ますが,左右いずれの2列目以降に立っていた場合は,ちょっと観えづらいので.

場面の説明が長くなってしまいましたが,今回も「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」から,皆様の活動実績についての記述を1項目転載追記させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動
▼5.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)


▼8.10.1 屈斜路湖遺棄弾の引き揚げ作業(24日まで)

再び北海道ですね.こちらの引き揚げ作業に関しては,本当に寔に失礼ながら,全く存じませんでした.恐らく当時,報道されていたでしょうが…現段階では,詳細は判りません.知らない事だらけで情けないです.また,転載させて戴いている「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」も,「(抜粋)」となっていますので,ご活動の一部なのですよね?私たちが,そのご活動の実績全編に触れる機会があると良いのですが…なかなか辿り着けません.いずれ,少しずつでも判っていく事が出来ればと思うのであります.実際に昨年8月2日以降,水中処分隊さんの投稿を地道に続けている間に,少しずつ少しずつでも判って来ています.今月で半年が経過しました.「展示」直後に速報で投稿したきりで,後は記憶の彼方に…ではなく,時間をかけていく事の意味も痛感しました.決して,「自らのブログの情報消耗品」にしてはならないのです.決して.
by wissenbrristol | 2009-02-14 21:30 | 横須賀水中処分隊

20080802 横須賀水中処分隊展示(24)

また少し時間が空いてしまいましたが,引き続き昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放の際の「水中処分隊展示」の模様を.どうやら(30)を超えそうですね.昨夜は何気なくiTunesのヴィジュアライザをver.8.0.1にしてから初めて表示させて,それはそれは驚きました.「ヴィジュアライザ」は曲を映像化する機能です.いつも,水中処分隊さんの画像を作成する際にかけている「個人的主題曲」でしたので,より一層驚きました.曲名は明記しません.特定のイメージが着いてしまうといけませんので(と云っても,「歌」がある曲ではないですし,広く一般の方が聴いている曲でもありません).おっと.話題が反れましたね.8月2日に戻りましょう.
e0149306_21533388.jpg
2008年8月2日(土) 海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放 水中処分隊展示

引き続き,交差する場面ですが,皆様の進行方向が前回と違います.写真は正確に時系列.データを確認すると前回の場面から16秒が経過しています.もう一度交差されたのですね.何度観ても見事な場面です.

さて,前回の投稿では,ようやく27年が経過して知ったEOD員の皆様の救助活動について,判る範囲の事,自分はその時どうしていたのかを書きましたが,羽田沖での事故についてのみでした.こちらの「掃海隊群司令部水中処分班」のページの「EOD員の活動実績(抜粋)」の項目には,まだ皆様の活動についての記述があります.今回は災害派遣の記録も加えて転載させて戴きます.

▼41.2.4 羽田沖に全日空機が墜落、救助活動
▼57.2.9 羽田沖に日本航空機が墜落、救助活動


▼4.7.12 北海道南西沖地震災害に対する災害派遣(8.12まで)
(注:「掃海隊群司令部水中処分班」ページに記載されている日付をそのまま引用していますが,平成5年ですよね?)

昭和から平成に変わり5年.16年前の夏.この北海道南西沖地震も非常に強く記憶に刻まれている大変な災害です.wikipediaからも転載します.

北海道南西沖地震(ほっかいどうなんせいおきじしん)は、1993年(平成5年)7月12日午後10時17分12秒、北海道奥尻郡奥尻町北方沖の日本海海底で発生した地震である。Mは7.8、推定震度6(烈震)で、日本海側で発生した地震としては最大規模。震源に近い奥尻島を中心に、火災や津波で大きな被害を出し、死者201名、行方不明者29名を出した。さらに、ロシアでも行方不明者3名。震度が推定になっているのは、当時地震計が置かれていなかったため。

この北海道南西沖地震の際,尊敬する水中写真家の中村征夫さんも奥尻島で被災されました.大切なカメラを始め,たくさんの大切な機材が失われた事を知り,大変心を痛めました.自分はまだまだ写真弱輩にしても,カメラを失うと云う事はどれほどの悲しみと痛手であるかと…勿論,カメラや機材はお金を出せば買えますが,失われた記録や自らの分身であるカメラはお金では取り戻せません.烈しい地震も恐ろしいですが,地震発生から2,3分で第一波がやって来た津波の恐ろしさも,映像からのみであっても,まざまざと突きつけられました.大津波が去った後の海岸線は筆舌しがたい惨状でした.当時も繰り返し映像を観ていましたが,やはり,その場所にEOD員の皆様が向かわれた事は2009年になるまで知らなかったのです.多くの機関・組織の方々が救助にあたられていたのは十分判っていても.

ここ最近,関東では大きな地震は起きていません.それがむしろ恐ろしくもあります.もし,水中処分隊さん展示の写真を撮っていなかったとしたら,このような事を改めて考えただろうか?と自問自答する,今日この頃であります.
by wissenbrristol | 2009-02-09 22:23 | 横須賀水中処分隊