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水中処分母船YDT03号さんと災害派遣

前回の投稿にて,昨年8月2日の海上自衛隊横須賀地方総監部一般開放「水中処分隊展示」の連続投稿が完了しました.タイトルは連続投稿の「最終回」としましたが,こちらのブログは最終回ではありません.まだまだ記録投稿は続きます.連続投稿完了後,初めての投稿は水中処分母船YDT03号さんと災害派遣について.
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2009年3月18日(水)『YOKOSUKA軍港めぐり』にて 海上自衛隊さん水中処分母船YDT03号さん

この日,ようやく海上を航行されている水中処分母船YDT03号さんの姿を撮る事が出来ました.たくさん写真はありましたが,今回の投稿では敢えて横浜の遠景…ベイブリッヂが写っている写真を選びました.意味があっての1枚です.

そろそろ1ヶ月が経過しようとしていますが,まだまだ寒かった頃.3月10日の深夜,伊豆大島沖でパナマ船籍貨物船と韓国船籍貨物船の衝突事故が起きました.韓国船籍「ORCHID PIA」も乗組員16名もの方々が行方不明となりました.夜が明けて午前10時.災害派遣要請により,横須賀からは海洋観測艦「わかさ」,水中処分母船YDT03,掃海艇「つのしま」が行方不明船舶捜索に向かいました.テレビ等での報道は2日のみ.後の状況は私たちには殆ど判りませんでした.防衛省site内の「報道資料」を閲覧するより他はありません.艦艇での捜索が夜間も続けられた事,翌日午后になって,掃海艇「つのしま」及び「水中処分母船が発見した救命艇等を3管本部に引き渡し,までは判りました.ですが,どうのような状況であったのかは,私たちは知る事が出来ませんでした.

そして,それから約1週間が経過.この日は,横須賀に護衛艦「ひゅうが」さんが入港される事もあり,いつものように『YOKOSUKA軍港めぐり』に乗船した際,水中処分母船YDT03号さんが横須賀消磁所方面から戻られるところを通過する事が出来ました.そして,帰宅後,3月10日の災害派遣についての状況を教えて戴く事が出来ました.横須賀水中処分隊の皆様の連続投稿の際にも転載させて戴きましたが,改めて.

「当日は、天気が良かったものの風浪があり、救命筏の曳航は至難でした。救命筏の一部が破損しており、80%以上が水没する状況下で無理な曳航はできず、曳航速力が3kt(時速5km程度)で約20時間かけて横浜まで回航しました。」

今回の写真を選んだのは,「よこすか」と共に横浜の遠景=ベイブリッヂが写っていた為です.時速5km程度で,今にも壊れてしまいそうな救命筏を約20時間もかけて,このベイブリッヂまで運ばれたのです.横須賀から横浜ではありません.大島沖から約20時間です.本当に大変な事です.その前には…

「我々、処分隊員(EOD員)の主たる任務は「海上交通の保護に寄与するため爆発性危険物を除去すること」でありますが、潜水技能および、処分艇(ゴムボート)操法の技能の高さからこのような災害派遣で出動することが多々あります。今回は、現場海域で多数の漂流物の回収と救命筏に曳航索を取り付ける作業を行いました。」

『別館』にも投稿しましたが,一体何処に海の底があるとも知れないのに,風も波も私たちが想像する以上である筈なのに,まさに「人の手」で漂流物の回収や救命筏に曳航索を取り付ける作業が行われるのです.勿論,自分に直接関わりのない事として,知らずに過ごしてしまっても誰にも非難はされませんが,昨年初めて「横須賀水中処分隊」の皆様の存在を知り(あまりに失礼な見学者でした),ブログに投稿しているのに,けろッと何も知らないと云うのでは,失礼無礼無知の上塗りです.それに,このような大変危険で重要な活動をされている事を,私たちが知らないと云うのは,「どうなんですか?」と強く思うのです.

今回の横須賀水中処分隊の皆様の災害派遣について,初めて「現在進行」で判ったと云う事もありました.それまでは,今までのご活動実績を追いかける形でしたので.「どこかで誰か(自分の知らない誰か)が捜索活動をしている」と云う漠然とした認識ではなく,『YOKOSUKA軍港めぐり』にて,こうして実際に自分の目で水中処分母船YDT03号さんを見学する,横須賀水中処分隊の皆様が訓練されているところを見学する事によって,少しずつでも「現実」を実感出来ていくようになれば…と思うのです.
by wissenbrristol | 2009-04-06 00:56 | 横須賀水中処分隊